自然のことを考え、恵まれた環境の中でそれぞれの想いを込めて収穫された農作物・海産物はカラダ優しく健康にいいおいしいものばかり。
もじょか堂で扱う「食べもん」は、そんな生産者がそれぞれの想いを込め、それぞれのこだわりを持って育て、収穫した商品たち。
このページでは、各生産者のプロフィールとそれぞれの農作物・海産物への想いをご紹介いたします。

自然のことを考え、恵まれた環境の中でそれぞれの想いを込めて収穫された農作物・海産物はカラダ優しく健康にいいおいしいものばかり。
もじょか堂で扱う「食べもん」は、そんな生産者がそれぞれの想いを込め、それぞれのこだわりを持って育て、収穫した商品たち。
このページでは、各生産者のプロフィールとそれぞれの農作物・海産物への想いをご紹介いたします。
水俣市の一番南にある漁村(茂道)で生まれ育った杉本さん。
波静かな海と対岸は天草の島々、透明度が高く、きれいなこの不知火海はかつて、水俣を中心に有機水銀に汚染された海として全国に知れ渡った。
魚は全く売れず、農産物さえもその風評被害にあった。そんな時代を乗り越え、杉本さんのご両親は懸命に時代の逆風と闘いながら、体にやさしい食品つくりでその信用を獲得していく。
そこには杉本さん一家の力強く、やさしい気持ちがお客さんに商品として伝わっているからだ。
実は、肇さんの母、栄子さんも長い間、水俣病に苦しんできた。十年ほど寝たきりのこともあったが、それでも5人の息子たちを育てあげた。
昨年亡くなるまでの口癖が「食べ物で病気になったとですけん、食べ物で直したとです。」だった。
現在では全国から注文が来るようになり、水俣でもその功績が認められ「環境マイスター」となられた。
その意志は肇さんに引き継がれ、親子二代でいりこ作りの「環境マイスター」である。
水俣漁協もかつての汚染されたイメージを払拭し、もっと活力ある海を取り戻そうと「海の森プロジェクト」構想を掲げ、努力を重ねてきた。ただ食害によって海藻の芽は若いうちに食べられてしまい海藻は育たなかった。その一番の天敵が今回ご紹介する「ガンガセうに」である。毎年駆除に苦労する天敵。ところが、食べたらとても美味しかった。
通常食される紫うにや馬糞うにと比べると確かに色の鮮やかさで劣るが、塩漬けするとその味の深みに驚かされる。この塩雲丹の美味しさを皆さんにお届けすると、「水俣の海の森プロジェクト」も少しづつすすんでいくことになる。
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豊かな自然に囲まれる水俣市の山間部には小さな集落が点在する。
その集落の一つ、石飛はとくに静かな山合いにある、隠れ里のような場所。この地で、1991年から自然農法で緑茶、紅茶を生産しているのが天野茂さん・浩さん親子だ。現在、水俣市では部門別に“環境マイスター”を選定し、市民や産業啓蒙を進めており、天野茂さんはお茶部門でのマイスターとして、自然な環境のなかでの茶づくりに取り組んでいる。
『天の製茶園』は海抜550~600メートルの山の上、約三ヘクタールの茶畑で、在来種、ヤブキタ、ユタカミドリを育てている。もう15年以上、農薬や化学肥料は一切、使用していない。草刈も手作業で行っていく。手間と時間がかかるが、自然の力を存分に引き出して、美味しく安全なものをつくっている。
実際、わたくし澤井も『天の製茶園』さんで農業研修を行っていたことがあり、その重労働を体験した。なぜこんな苦労をしてまで無農薬に徹するのか。それを尋ねると、こうかえってきた。
「いい山がなければ、いい海は出来ない」
天野家の前を流れる小川は水俣川の源流の一つだ。こういった数多の流れが集まって海に注いでいく。水俣病は水を汚したことによって起きた。だからこそ、水にこだわる。この言葉が農業が地球全体の生命産業なんだと気づいたきっかけでもある。
現在、天野さんが栽培している茶葉は今では珍しい在来種を主に栽培している。
「やぶきた種は葉が柔らかく、よく生育するので収量が大きい。ただ挿し木の苗は病虫害に弱い。だから農薬が使われるわけ」。一方、この地で育つ在来種は種から栽培されているので、“直根”という深い根が張っている。これが病虫害に強いのだという。
そんな天野親子の作ったお茶は味に微妙な野性味も生まれ、奥行きのある味わいになっている。
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溝口氏は元々、教育委員会やPTA、生涯学習などを担当し汗を流してきた。
40歳の頃、市営住宅から幼少時代から住んでいた袋という地区に越してきたのをきっかけに、不思議な偶然が始まる。
始まりは、地区のある農家が高齢のため、畑を使ってもらえないだろうかという依頼だった。
何を作るか決めていなかったが、越してから始めた家庭菜園で農業の楽しさを知った溝口氏はすぐに了承。
作物を模索していると今度はちょうど、ある農家からサトウキビの種をもらう。
袋地区では昔からサトウキビの生産を行っている。
「子供の頃、夕暮れ時の製糖所からする甘い匂いに誘われてよく黒砂糖をもらいにいったのを思い出した」。
氏は郷愁と好奇心からすぐに取組んだ。
数年後、九州農研センターから収穫量調査でアドバイザーが来てくれた。
南方の作物として生産されているサトウキビが熊本でどれくらい出来るのか調べるためだった。
そこで色々なアドバイスを受ける。
新規就農者として栽培方法に固定観念がなかった溝口氏は、周りの農家からは「そんなもんせんでも育つ」と言われたこともすべて受け入れた。そして、それが大幅な収穫量アップにつながる。
しかし、それだけではないだろう。もともと教育者として子供たちと接してきたその目は、その大柄な風貌に似つかわしくない優しい目をしている。
「人も植物も同じたい、愛情をかけてやればいい子にそだっと」
溝口氏の黒砂糖の甘さは、氏の人にも植物にも同様に注ぐ愛情の深さにあるようだ。
また、10年前からは古代米の生産に着手,4年前からは食育として小学生の米作りプログラムにも参画する。
小学5年生を対象として田植えから収穫、脱穀までを合鴨農法で行う。
その始めにはオリエンテーションで、子供たちには歌を覚えてもらう。
「田植えの歌」
そろた~ でそろうた 早苗がそろた
うえよ~ うえましょ みんなのために
米は宝だ~ 宝の草を
うえりゃ 黄金の花が咲く
「このプログラムで、子供たちは家に帰って家族にこの歌を聞かせ、家族が一粒も残さずに食べるようになったよ。」と喜ぶ。
優しい目をした溝口氏の衰えない好奇心とあくなき挑戦はまだまだ続くようだ。
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1972年兵庫県西宮市生まれ。水俣に移り住んで4年目。
神戸の国際協力NGOに従事。仕事を通じてアジアの人たちや日本の農家の人たちと接するうちに、「アジアの村のことは村人が、日本のことは私たち日本人が取り組まないといけない。私は何をするのか?何ができるのか?自分の日々の生活の仕方はどうだろうか?」と思う日々が続く。
そんな時、たまたま友人を訪ねて水俣へ滞在中、「天の茶園」の天野氏に出会う。天野氏の考えや暮らしぶりに魅かれ、何度か通っているうちに終には居候までしてしまう。
無農薬の茶畑と米や野菜を作りながらの自給的な生活。「こんなところで、畑や田んぼをしながら暮らせたら」と思うようになった。これが農業との出会い。「生まれつき食いしん坊だった私には、「食べ物」が一番身近で楽しむことができ、自然な流れだったのかも知れません。楽しみながらできるのがミソだと思います。」その後、いろんな方たちとの出会いとご縁で水俣へ移住する。
今、お米を作っている田んぼは、ご近所の松本功さんが数年前まで作っていた棚田。松本氏は数年前に脳梗塞で、左半身の自由が少しきかなくなったため、菜種や蕎麦を栽培していた。しかし、この棚田はそばに沢が流れ、直接水を引くことができ、日当たりも良好、寒暖の差もあり、お米作りには適した立地にある。上段に他の田んぼはないので、混じりっけのない水でおいしいお米を作れるというまさに最上流の棚田だ。
芳田氏は、仲間と「ここでもう一度、お米を作りましょう!」と一念発起。大変な作業を心強い先輩方にご協力いただきながら、多くの人たちに支えられての米作りを3年前から開始した。
「素敵な人の周りには素敵な人たちがいて、人とのご縁に感謝感謝の毎日です。それに最上流の棚田で出来るお米は最高においしい!少量しかできんけど、食べて喜んでもらえればうれしいです。」と楽しみながら、毎日汗をかいている。最上流の棚田と彼女の情熱で今、弓生希米が誕生する!
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頭石元気村の集落からさらに上へ、標高500mほどの高地で森下さん夫妻は農薬、化学肥料をいっさい使用しない有機農業をやっている。
有機農業を本格的に始めたのはちょうど10年前、若い時は職を転々としてきたが、心臓の病にかかってしまい、医者に「若いころの栄養障害が原因の一つかもしれない」と言われ、食べ物の大切さを身を持って知ったことがきっかけだった。
その後、自然農業の趙先生の講習を受け、自然の力を活かしたぼかし肥料や天恵緑汁で元気な野菜を作り始め、2001年には有機農業認証(JAS)取得、2002年には水俣市の環境マイスターを取得されている。
堆肥作りはもちろん、除草剤などをつかわないため、色々と手間のかかる作業が増えるが、安全で美味しい野菜作りを目指す。「草も虫も野菜も共存共栄の中で育成しているので、わんぱくであったり、おてんばな野菜であったりするけど、それも個性なんですよね。野菜本来の自然の味を味わってもらいたい。」人里離れた山奥で森下さんご夫妻は、猪、ヤギ、鶏、犬、猫とたくさんの動物に囲まれながら、にぎやかに野菜作りに励んでいる。
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創業75年を越す岡本種苗園の3代目。幼いころは野菜が嫌いだったという。
「周りの人はうちの野菜を美味しいといってくれるけど、なにが美味しいのか良くわからなかった。でも、よその野菜を食べてみて、初めて自分のところの美味しさがわかった。」
様々な職を経験して、就農したのは7年前、きっかけは実家の火事だった。ちょうど苗の出荷の最盛期で少しの間だけ手伝う予定だったのが、現在も続けているのは、土に触れているうちに気持ちの変化があったからだという。「ほんとにすごい職人です。」と尊敬する父に教わりながら、土作りと苗作りに力を入れている。ハウスの床には発酵温床をつくり、厳選された有機質肥料で自然の持つ力を十分に引き出す。だから岡本氏の野菜は長持ちし、味が良く、自然治癒力が強いなどの特徴がある。
また、最近では地元の保育園で、園児たちにフルーツトマトの作り方を教えている。一人一本の苗を植付けから管理、収穫して給食で食べる。ある子供が、野菜はスーパーでなっていると言ったことがきっかけだった。自分たちが食べるものが、どうやって出来ているのかわかって欲しい。また子供たちが安心して食べれらるもの、本物の野菜の味を食べさせてあげたいと野菜作りにも精を出している。
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水俣の大自然の中で起きた、面白いこと、困ったこと、何でも紹介していきます!
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